長い長い “安産“

きょうこさん(20代後半・女性)(仮名)
経膣分娩で2020年5月に長男・そうたさんを出産。
インタビュー: 2021/3/9

下北沢散歩

5月12日は、夫・はじめさんとの交際記念日だった。

朝方から、寝ている最中にお腹が張ってときおり痛みがくる。でも眠い。眠気が勝って、痛いと思いながらもまどろんでいたら、だんだん空が明るくなってきた。

7時か。これまでお腹が張ることはあっても、痛いことはなかった。はじめて痛みを伴う感じ。いつもと違うなと思って隣を見ると、はじめさんは眠っている。

予定日は5月9日。すでに3日過ぎていて、これ以上陣痛がくることなく一週間経つようなら、入院して促進剤を打つことになっていた。里帰り出産のために、はじめさんと私は、昨日から私の実家に滞在していた。

「ねえ、痛いかも」
ぽんぽんっと軽く叩いて声をかけると、はじめさんはぱっと起きた。寝起きがあまりよくない普段の姿からは想像できないくらい。
「どんな感じ?」
短く訊ねる、少し動揺したような表情。
「いつもと違う感じ。陣痛かもしれないけど、どうだろう……」
本当に陣痛なのかどうか不確かだし、これからまだまだ時間がかかるんだろうと漠然と思った。慌てないようにしよう、と心の中で唱えて、自分を落ち着かせる。すっかり目が覚めてしまい、眠れなくなった。

2階で寝ていた両親の部屋に行って陣痛がきたかもしれないことを伝えると、いよいよという感じで起きてくれた。「じゃあ今日が誕生日になるかもしれないね」と母に言われるけれど、正直まだ何も想像できない。

いつもどおりに朝のしたくを終えて、お昼すぎくらいまでのんびり過ごす。
「天気がいいからお散歩に行こう」
はじめさんを誘って下北沢を歩いた。体を動かしたほうがお産も早く進むと聞いている。

「あ、タピオカ飲もうか!」
「うん、いいねー」
駅前でタピオカ屋さんを見つけて、いっしょに買って飲んだ。わたしはマンゴーティーのタピオカ入り。はじめさんは、チョコレートティー。フルーツ系とチョコレート系という、わたしたちのお馴染みの組み合わせだ。二人してブームに少し遅れてハマっていて、タピオカ屋さんを見つけるとテイクアウトで飲み歩きをしている。

すぽっと口の中に入ってくるタピオカを噛みながら、はじめさんとこれからの流れを話した。このまま痛みが続くようなら病院に電話しようか。来ていいって言われたらいいけれど、コロナだからね。

歩いていると、ときどき立ち止まらなきゃいけないくらい痛くなってきた。30秒くらい痛みが続いて、すっと収まる。痛いときはけっこう痛い。迷惑にならないよう商店街の道の端っこを歩いて、痛みがくるたび、タピオカ片手に立ち止まった。
「まわりから見たら、なんかあの二人、急に立ち止まってるなあって思われてるよね」
「……きっと変だよね」
自分たちの姿を少しおもしろく思いながら、はじめさんと並んで歩く。

今思えば、あの時間が最後の、出産に入る前の二人の時間だった。まだ焦らなくてだいじょうぶだよねって、冷静さを保とうとしていたように思う。少しずつお産が近づいているのを感じながら、家に帰った。

夕方になると、痛みの間隔は10分くらいになってきた。会話も食事もできるけれど、痛いときは少し止まってさすってもらわないとつらい。はじめさんがずっとそばにいて、アプリで陣痛間隔を記録したり、腰をさすったりしてくれる。

一応病院に電話すると、まだ来なくて大丈夫だと言われた。初産の場合、5分間隔になってからでないと家に帰ることになるかもしれない――そう妊婦健診のときから聞いていた通り。「お風呂に入ってみてください」と言われたので、家族にお風呂を焚いてもらって、温かいお湯に浸かってゆっくりした。

夕飯はあまり食べられなかった。思えば、朝5時ごろからずっと痛みが続いていたんだ。緊張していたし体力的にも疲れてきていたころだったのだと思う。ほとんど食べずに夕飯を終えた。

夜中の病院

「ええ、そうですねー、もう少しお家で様子を見ていても大丈夫ですよ」
少しずつ陣痛の間隔が短くなってきて2回ほど病院に電話して状況を伝えると、助産師さんにゆったりめなトーンでとやんわりと諭された。

きっと、今日出産ではないんだろう。もうちょっと時間がかかりそう。でも、陣痛がきてよかった。なるべく促進剤や誘発剤を使わずに産みたいと思っていたから。それにしても、痛いとは聞いてたけどやっぱり結構しんどい。まだ陣痛も始まったばかりなのに、わたしはこの痛みに耐えられるんだろうか……。

「病院からは、まだいいよって言われたよ」
電話を切って家族に伝えると、そわそわしていた母はさらに心配し始めた。
「初めてのお産だから時間がかかるとはいえ、急にお産が進んで病院につく前に何かあったら大変でしょ。もう行ったほうがいいんじゃない?」
でもまだだと言われてるし……と思いながらも、出産の先輩であることはまちがいない。半ば説得されるような形で病院に電話したのが、23時頃。「陣痛間隔はまばらではあるけれど、5分くらいのときもあります」と伝えると、じゃあ来ていいですよと言ってもらえた。

父の車で、一家で病院に向かった。もともと無口な父が、ぜったいに事故を起こさないというかのような表情で黙々と運転をする。
真夜中で、とても静かだった。エンジンと、すれ違う車の音。交差点の信号や道路の明かりがときどきサッと車内を照らす。
「どんな感じ? 痛い? けっこう痛い?」
助手席に座る母は、たびたび後部座席を振り返って状況を聞いてくる。はじめさんは、隣で腰をさすってくれていた。

病院には10分ほどで着いた。院内に入れるのは夫であるはじめさんだけなので、両親とはエントランスで別れなければいけない。

「じゃあ、行ってくる」
車を降りるときに声をかけると、運転席から振り返った父と目が合った。真剣な表情。今からわたしが産みに行くのに、まるで共に出産をしに行くみたいだ。思わず手を伸ばして握手を求めると、父は「じゃあね」と短く言って強く握り返してくれた。

母は車からいっしょに降りてくれた。心配そうな姿が、病院のエントランスの明かりに照らされている。できることなら出産ギリギリまでそばにいてあげたいんだけど、とでも言いたげだ。ゆっくり近づいて、同じくらいの背丈になった母の肩にあごを乗せるようにして腕を回すと、背中を強く優しく撫でてくれた。
「しっかりね」と、耳元で母が言う。
「うん」
小さいころから周りの人に”しっかり者”と言われることの多かったわたしは、母から「しっかりしなさい」と言われたことはあまりなかった。きっと、これは、自分の子どもに対しての言葉じゃないんだ。女性どうし、まもなく母になるわたしに対しての「しっかりね」に聞こえた。覚悟を決める。うん、行ってくるね。

夜間受付に行くと、先に待っている夫婦が一組いた。奥さんはもう立っていられないようで、病院の車椅子に座ってなんとか受付をしていた。かなり大変そうだ。それに比べて、わたしは自分で荷物を持って普通に立っている。同じタイミングで病院に来ているのにこんなに状況が違うんだ、と思う。すぐ後に自分たちも受付を済ませて、病棟まではじめさんと一緒に上がった。

通されたのは、周りの音が入って来やすい部屋だった。その部屋に入った瞬間、夜中はお産が多いというのを思い出す。もうすぐ出産の瞬間を迎える母たちの声。いきみ、叫んでいる声が、いろんな方向から聞こえてくる。
壮絶だった。本当に断末魔のような声。YouTubeなどで出産動画も上がっているけれど、それとは比にならないくらいの生々しさ。
ここまで、なってしまうんだ。人間にこんな声を出させてしまう出産って、いったいどれほどのもの? 確実に自分の未来を見ているような気がして、急に恐怖心が込み上げてくる。

はじめさんは何も言わずに隣に座っていたけれど、あまりの声に、わたしは触れずにはいられなくなった。
「す、すごい声だね」
「本当だね」
短く返事をされて、会話が終わってしまう。また静かな部屋に声が響く。今思えば、わたしを不安にさせないように気を遣ってくれたんだと思う。絶え間なく響いてくる声の中で、待っている時間はかなり長く感じた。

「こんなにみなさん叫ばれるんですね……」
診察してくれた助産師さんに恐る恐る聞くと、
「ねーそうですよね、びっくりしちゃいますよねー」
と、わたしの不安を和らげるように微笑んでくれる。いや、やっぱりだいぶ怖いんですけど。わたしはこれから出産なんですけど。

「本陣痛ですね、じゃあこのまま入院しましょう」
診察でモニターをつけて、10分より短い間隔で陣痛がきていることがわかると助産師さんに言われた。
どうやら、少しずつ破水もしているらしい。そんな感覚はなかったのに。お風呂に浸かったり動いたりもしてはいけないといわれ、車椅子で部屋に入った。
すごく広々とした部屋。ベッドはもちろん、ソファもあるし、食事ができるようなテーブルもある。ここで陣痛から出産、産後まで過ごすことになるんだ。きれいな部屋でよかった。

「それではそろそろ……。今日はまだ生まれないので、旦那さまは一度ご帰宅ください」
ひと通りの説明を受けたあと、いっしょに荷物を持って入ってくれたはじめさんと少し雑談していたら、声をかけられた。そっか、まだすぐ生まれるわけじゃないもんね。はじめさんも、いそいそと帰る準備を始める。

初めての出産でまだピンときていないわたしたちに、助産師さんは言った。
「出産は、富士山を登頂するくらいの体力が必要で、そのくらい大変なことなんだよね。今は、一合目に片足を入れたくらい、かな?」
富士山に登ったことがないからわからないけれど、漠然と想像を巡らせて、大変なんだろうなと思った。とりあえずまだまだってことね。

「じゃあねー」と、はじめさんを見送る。
わたしたちは、立ち会い出産を希望している。緊急事態宣言中だけれど、出産直前のタイミングになればまた会える。心細いけれど、まあいったんバイバイでまた明日会えるかな。それくらいの軽い気持ちだった。

それがたぶん日を跨ぐくらいの時間だったと思う。今夜は身体を休めることが大事だと何度も言われて、消灯時間を迎えた。

足湯

頑張って寝ようと思ったけれど、興奮状態でなかなか眠れなかった。痛みがありながらもハイテンション気味になっているみたい。
「寝れてますか?」
「ちょっと寝れないですね……」
1時間おきに助産師さんが来て、モニターで心拍の確認などをしてくれるたびに同じようなやりとりをくり返していたら、朝になってしまった。

朝の担当の助産師さんは、とても気さくな方だった。陣痛も強まり、喋れないくらい「うぅ」って感じになってきていたけれど、すごくじょうずにマッサージをしてくれた。

何より、陣痛の合間に他愛のない話をしてくれるのがいい。飼っている犬の話をしたり、写真を見せ合ったり。会話をすると気が紛れて、そのあいだは痛みから解放される気がした。
でも、ひと通り自分が喋って、いざ助産師さんの話を聞く番になると、いつも陣痛が来る。
「ダメです、ごめんなさい」
助産師さんの話を遮ってばかりで、少し申し訳なくなる。
「なんか、これが陣痛のおもしろいところだよね」
笑顔の素敵なその助産師さんは、「痛いときと痛くないときの差がこんなにあって、痛みが収まると全然楽になるし、不思議だよねー」と明るく話してくれて、なんだかこういう些細なことで救われるんだなあと思う。

朝ごはんも昼ごはんも、もちろん病院食。ここはおいしくないので有名だから覚悟してはいたけれど、なんていうか、すごい質素。華やかさゼロ。まぁ栄養はあるんだろうなみたいな食事。
「お産にはお米がいいから、頑張って食べてくださいねー」
そう言われて出されたのは、ものすごい量の白米だった。せめて混ぜご飯とか炊き込みご飯とかあるでしょ……。食欲もないなか、無理やり口に押し込んで食べた。

お昼ごはんの後、やはり促進剤を打つことになった。お産が長引きすぎるのもよくないし、促進剤を打つことで陣痛を促していいお産になっていくから、と説明を受けた。なるべく薬を使いたくないと思っていると伝えてもかなり強く説得されて、承諾書に渋々サインをする。
促進剤は、段階的に量を増やしていくらしい。ごく微量から打って、アレルギー反応などの強い反応が出ないか確かめながら1時間ごとに増やしていく。

はじめのうちは、お腹の張りの間隔は確かに早まったけれど、痛みが強まる感じではなかった。
「いい感じで進んでるから、このまま量を増やしていきますね」
そう言われて最大量まで増やした時点で、ぐわっと一気に痛みが増した。なんていうんだろう、自分の体で起こっている自然な陣痛じゃなくて、薬物によって増幅されてる痛みって感じがすごくする。まるで自分の体じゃないような。制御が利かない感じに初めてなった。

それから急に家族へのLINEもできなくなった。会話もできるような状態ではない。つらい。なにこれ、ほんとつらい。痛みに耐えながらちらっと部屋の時計を見上げると、もう14時を過ぎている。

「お産を促進するために、足湯をしましょう」
助産師さんがバケツにお湯をためて持ってきてくれて、足湯をした。
足湯って、温泉でもあるくらいリラクゼーションのものだと思っていた。促進剤を打って、じんわりとからだを温めるようなものかと。

すぐに、その考えは間違っていたのだと思い知る。そのときの足湯が、陣痛促進の決定打となった。血行が促進されて、悶絶するくらいの強い痛みが襲ってくる。両足がお湯に浸っているから動くこともできず、必死にナースコールのボタンを探して、無言で押し続ける。すぐに助産師さんが来てくれた。

「痛いです」
涙目で訴えるけれども、いまいち伝わっていない気がする。
「うーん」と少し困った様子の助産師さんは「どうしようか、どこか押しましょうか?」と訊ねてくる。
そっか、あちらからしたら痛いのは当たり前なんだ、とそこで気づいた。陣痛がちゃんと来てるのは病院側からしたらいいことなんだろう。あちらも痛いと言われても困るよみたいな感じなのかな。気持ちのズレ。でも、どうする事もできない。一人で耐えられるわけもない。

「足湯もうやめる?」
と言ってくれて、あ!その選択肢があるんですね、と思って「やめます」と即答した。すぐに足を抜いてもらったけれど、それで痛みが治まるわけもない。

「テーブルに手をついて、前傾しておしりをちょっと突き出すと少し楽だよ」
アドバイスをもとに痛み逃しをしても、かなり痛い陣痛がぐわっときた。
あまりの痛さに涙がにじむ。なにこれ。もう、なにこれ。悲しくて泣くんじゃなくて、本能的に涙が出るってこういうことかな、って思った。もう、足湯は絶対やらない。妊婦じゃなくても。激しい痛みに耐えながら心に誓う。
「痛い……」
呟くと、「痛いよね、うんうん」と助産師さんが言ってくれる。共感してもらえるのって、こんなにありがたいことなんだ。痛いよねそうだよねと言ってもらえるだけで救われる気がして、また涙がじんわり溢れそうになった。

言葉の魔力

夕方まで、ベッドに行ったりソファに行ったりと、いろいろと体勢を変えながら過ごした。途中で助産師さんが「旦那さん呼んでみようか?」と声をかけてくれた。
「ご自身で呼んでください」
ああ、そうだった。自分で呼ぶと入院する前に聞いていた。でも本当に、こんなに痛いのに自分でスマホを取り出して電話をかけるんだ。
陣痛に耐えながら、必死で合間を縫って電話をする。通話中、となりにいる助産師さんに受付の仕方や検温してくださいとかいろいろ言われて、それをはじめさんに伝えるのも大変だった。
話しているあいだも、容赦なく陣痛がくる。しどろもどろになりながらも説明をして、はじめさんがすぐ飛んできてくれた。

たぶん、前日に会ったわたしの姿とあまりに変わっていたのだと思う。痛みの感じも違うし、もうはじめさんの顔が見れる状態でもない。
部屋に入って来た気配を感じながらも、全然「やっほー」などと言える状態ではなくて、「おしりをずっと押して」とひたすらお願いした。

これだけ痛いんだから、お産も進んだに違いない。そう漠然と思って期待していたのに、内診で子宮口の開き具合を言われて、衝撃を受けた。

「3.5ですね」

心がポキっと折れる音がした。
10cmにならないと産めないって言ってたよね。3.5から10への果てしない道のりを想像して、絶望感を覚えた。全然ゴールが見えない。
ああ、なんか無理だ。わたし、10まで頑張れないかもしれない。本当に生まれてくるのかな。この痛みにあとどのくらい耐えなきゃいけないの。一気に弱音スイッチが入って、もう自分を信じられないような気がした。

その日に使える促進剤はすべて使い切ることになった。
「でもそれでは生まれないから、軽い麻酔を打って夜のうちに体力を回復させましょう。明日、もう一回促進剤で頑張りましょうね」
説明を受けている間にも陣痛がきた。お医者さんの顔も見ることができず、頷くこともできず、ただベッドの柵にしがみつきながらその説明を聞く。
今日も生まれないんだ。昨日でもなかったし、今日でもなかった。想像以上に長引いちゃった。どっと疲労感が押し寄せてくるのを感じた。

促進剤を入れ終わったのが、夕方17時頃だったと思う。すぐに麻酔を打ってもらえるのかと思っていたら、どうやら夜寝る時間帯に合わせてその麻酔を使いたいらしい。
「まだ3時間くらいは麻酔は打てません」
そう言われて、耐えられないと思った。促進剤を打って今日産むことはできないし、麻酔も打てない。休めると思ったのにあと3時間もこの痛みに耐えなきゃいけない。

「まだ麻酔打てないですか?」
「明日もまた促進剤打たなきゃダメなんですか?」
まるでわがまま娘のように、助産師さんにいろいろとしつこく聞いた。

痛みに耐えられる自信がまったくなくなって、体力も消耗しきっていて、想像もしていなかった言葉が、自分の口からこぼれた。
「帝王切開っていう選択肢はないんでしょうか?」
自然分娩がいいと希望していたのは自分なのに、その状態になってはじめてその帝王切開という選択肢を希望してる自分がいる。自分でも驚く。でも、他に道がないような気がした。
助産師さんも、「一度先生に聞いてきますね」というスタンスを取ってくれる。確認します、と部屋を出ていくキラキラした笑顔に一縷の望みをかけて待つ。

「確認してみたんですけど、たぶん自然に生まれるし大丈夫って言ってるんで頑張りましょう」
戻ってきた助産師さんは、言った。たぶん聞いてない。確実に。ぜったい時間つぶして戻ってきたよこれ。
頑張りましょうと言われたら、「はい」としか言えない。ひどい言葉の魔力だ。「いえ、頑張りません」なんて言えない。でも、頑張るって何だろう。まだいきむこともできないし、動けるわけでもない。わたしにできるのは、頑張れるのは、この痛みに耐え続けることだけ。そう思ったとき、「頑張りましょう」がすごくカスカスの言葉に思えた。

痛みに耐える。何度も、何度も。なんだか、わたしは一生お産をしてるんじゃないかって思う。このまま死ぬまでわたしは子どもを産もうとしてるんじゃないか。絶対あり得ないけどそういう気持ちだった。
他の情報を目に入れることがしんどい。スマホの画面はもちろん、まわりの景色に目をやることができない。

ひたすら呼吸に集中する。持っているフェイスタオルを見つめる。タオルって、よーく見ると細かな網目がある。「この網目、この網目」と決めて、その一点を見つめた。痛みがくるたびに、その網目の一点に向けて息を吐き続けるのをくり返した。
痛みが最大限来て、自分に言い聞かせるように「息を吐く」と言うと、それを聞いたはじめさんが「そうだよ、そうだよ、がんばれ」と言ってくれる。はじめさんの「頑張れ」は、カスカスに思えないから不思議だ。真摯に受け止められる。わたしは、とにかく呼吸に集中することにした。

はじめさんは、お昼ごろからかなり長い時間いっしょにいてくれたけれど、促進剤を打ち終わって、一度帰ることになった。
「本当に帰んなきゃダメですよね?」
そう助産師さんに聞いているはじめさんは、後ろ髪を引かれるのを絵に描いたような様子だった。どうにかして残りたいという気持ちがすごく伝わってくる。
はじめさんは割と情に動かされないタイプだ。場の状況を見て冷静に判断できる。そんなはじめさんが、何とか残ろうとしてくれている。心配してくれている。声は出せないけれど、ありがたいなと思った。でも、仕方ない。「また連絡します」と言われ、泣く泣くお別れしたのが5月13日の夜だった。

千葉さん、神。

ようやく打った麻酔は、神の薬だと思った。ところが、促進剤によって増えていた陣痛を多少抑えてくれるだけで、自分の体で起こしている陣痛は収まるわけではない程度の、弱い麻酔。痛み止めのようなものだった。思っていたよりも、すごく楽になるわけじゃないんだ。期待が大きかったぶん、また心がポキっと二本目折れました、という感じだった。

麻酔を打った後、はじめさんにLINEをした。
「情けない姿を見せてしまってごめんね」
痛みが少し落ち着いて冷静になると、なんだか見せてはいけない姿を見せてしまったような気がした。めちゃくちゃ弱音を吐いて、「お腹切ってください」って言ってたし。すごく心配をかけたんじゃないか。弱っている瞬間なんて見せたくなかったのに、見せてしまった。子どもが生まれることが楽しみじゃなくなっちゃったらなんか可哀そうだなと思った。

「いや、むしろあんなに逞しい姿を見られて、あんなに頑張ってる姿を見られて、よかった。全然、謝ることなんてないよ」
はじめさんからの返信に驚いた。
普段、あまりそんな情熱的な文章を打つタイプじゃない。きっと、心配しすぎて本当は帰りたくなかったのだろう。やむを得ず帰らなきゃいけなくなって、つらい様子の妻を残してきたことをずっと気にかけていた気配を感じた。

後から聞いた話では、わたしから長いメッセージが届いたことに、はじめさんは感動したらしい。病院に電話で呼び出したときは、一言「来てください」としか言えないし、LINEを打てるような状況じゃなかったけど、こうしてメッセージを打てるくらいには楽になったんだっていうことに喜んで、わたしの実家で小躍りしてたみたい。「こんなLINEがきょうこから来ましたー」と両親に報告して回ってくれたと聞いた。

「呼んでくれたらすぐ行くからね」
はじめさんとLINEでやり取りして「また頑張るよ」と伝えたことで、自分の気持ちを前向きに切り替えるきっかけになった。

夜中担当の助産師さんが、千葉さん。はじめさんとのあいだで「千葉さん神」で通じるくらい、お世話になった方。マッサージの仕方が、それまでの助産師さんとレベルが違うくらいじょうずだった。
本来ならほかのお仕事もあるわけで、部屋を出たり入ったりするはずのところを、ずっと部屋にいてくれた。わたしの心が折れてるのを見抜いたのかもしれない。仕事用のパソコンを部屋に持ち込んだ千葉さんは、陣痛が来てないときは作業して、「痛いです」と言うとすぐに飛んできて腰を押してくれる。感謝としか言いようがない。

その夜のわたしは、ひとりにされるのが何より不安だった。一人になったときに強い陣痛が来たらどうしようと思って。助産師さんが「注射とってきます」「また様子見に来ますね」などと言って出ていこうとすると、「結構長いこといなくなりますか?」と子どものように聞いていた。だから、千葉さんがずっと部屋にいてくれるのが何よりも心強かった。

部屋のお手洗いに行ったとき、あることに気づいた。
座った瞬間にたまたま陣痛が来て「やばい」と思ったけれど、便座に座っていたらいきみ逃しができた。たまたま。あれ? ベッドで寝ているよりも楽だぞ?
お手洗いから出て千葉さんにそれを伝えると、
「そういう方もいらっしゃいます。便座の形の椅子がありますから持ってきますね」と、椅子を持ってきてくれた。座る部分にU字のクッションがついていて、背中をもたれる形になっている。その椅子に、夜中の長い時間座っていた。痛いは痛いけど、いきみ逃がしのしかたがわかった。この期に及んでやっとわかった。

「よく気づきましたね。すごく上手ですよ」
千葉さんが褒めてくれる。「ちゃんと呼吸ができているから、よい感じに進んでますよ」と。かたちだけではない心からの言葉をかけてくれていることがわかって、折れていた心が少しずつ修復していく感じだった。
千葉さんは、麻酔よりも救世主だった。

いきみ逃しはできるようになったけれど、休めるほどでもなかった。麻酔を打ったからって楽になったわけじゃない。
ベッドに状態を預けながらUの字の椅子に座って、瞬間的に眠りに入ってまた次の陣痛が来て目が覚める。夜中じゅうそのくり返しだった。それでも、一瞬でも寝れたのは、麻酔の効果だったのかな。少し休息しながら呼吸を整える感じ。気が付いたら朝になっていた。

鬼がいるな?

7時ごろにまた内診。陣痛を逃すためにいろんな体勢になって工夫しているのに、内診では必ずベッドに仰向けに横にならないといけない。その体勢がつらいし、いちばん触られたくないところを触られる。グリグリってやられるときに陣痛が当然きた。

もう、何をしてくれるんだわたしのからだに。お医者さんだから忙しいのはわかるけど、パッと来て手袋はめてうわっとやってサッと帰っていく。申告だけして。えー、なんなんだコイツ。なんか一言、「つらいですよね、ごめんなさいねー」とか言ってくれたらいいのに。無言で痛いことをして、また去って行くお医者さんを、心から呪う。

しかも、子宮口は7.5センチ。千葉さんと頑張ってなんとか夜を越えたのに、7.5なんだ。全開まで、あと2.5cmもある……。絶望するわたしの傍らで、助産師さんたちが「7.5センチ!あぁよかったよかった」と喜んでいる。「夜、頑張ったからねー、開いたねー」
先が想像できなくて、ガッカリした。今日ももしかしたらまだ生まれないのかもしれない、と思った。

そこからは、食事も出されるけども食べられる状態ではなくなった。もはや、食べてくださいとも言われなかった。
深夜帯の担当だった千葉さんも、朝になると次の方に代わってしまう。

「千葉さんがいなかったら、わたしどうしたらいいんですか?」
涙ながらに訴えるわたしに、千葉さんはやさしく微笑んでくれる。
「大丈夫、ちゃんといろいろ引継ぎとかしておくから、大丈夫だから」
でもすごく悲しくて、心細かった。昨日初めて会った人なのに、絶大な信頼を寄せていた。千葉さんは神。うぅー、行かないで……。

でも、そこからは驚くほどポンポン事が進んだ。

朝方くらいから、いきみを逃すこともできなくなっていた。ベッドの上で横になって、レバーにしがみつきながら陣痛がくるたびに力が入る。止める人もいなかったので、もういきんでいいタイミングだったのだと思う。
助産師さんに「これで合ってますか?」「なんかもう出てる気がします」などと聞いて、痛みに耐えるだけだった前日よりは、多少冷静になっていた。

あとは産み出すだけ。いきんでいる最中は、今までにないくらいの力を振り絞る。
なんかこう、内臓が、下からじゃなく、上がってくる感じ。このままだと、赤ちゃんより先に胃が口から出てくるんじゃないか。まぁ、もう出たら出たでいいか。
自分の体がすごく、異常事態な感じがした。もうお股が割かれようと胃が出てこようと、赤ちゃんが元気に生まれてきてさえくれればいい。

「あれ、旦那さん呼んだんだっけ?」
少し急いでいるように助産師さんに言われた。一回言われたのを、わたしは聞き逃していたらしい。
「まだです」と答えると「呼んでいいよー」と言われ、また自分で呼ぶんかいと思いながら、震える手でスマホを触る。通話ボタンを押して、「もう来てください、受付で名前書いてください」と伝える。

履歴を見たら、たった16秒の通話だった。
はじめさんは、体感5分くらいで来てくれた。近くで待ってたんじゃないかってくらい早い。来てくれたのはわかったけれど、顔が見れる状態ではなかった。

そのタイミングで部屋にどっと人が増えた。一人二人とかじゃなくて、次から次へと助産師さんが来る。みんな白いガウンのようなみたいなのを着ている。いわゆるナース服の上にもう一枚羽織ってる状態。病院の決まりなのか、一人ひとり自己紹介と挨拶をしてくれる。
「担当します、○○です」
みんな表情が明るい。ゴールは目前なのかもしれない。爽やかな笑顔で次々と挨拶をしてくれるけれど、こちらはもう余裕がなかった。三日前からずっと寝ずに陣痛に耐え続けている状態で、朝だけど朝じゃないようなものだ。こんにちはなどと返せず、一人ずつに「はい、はい」と頷くのが精一杯。

なんかすごい、すごい来るじゃん。こんなに来る? 今まではなんだったんだと思うくらい一気に人が増えた。たぶん5、6人はどっと一気に来て、はじめさんの居場所がどんどんわららなくなってゆく。
「じゃあ旦那さんは奥さんの頭の方にいて、うちわとかで仰いであげてくださいね。声かけてあげてください」
助産師さんの指示に「はい!」と返事してテキパキと動いたはじめさんが、うちわで仰いだり、水を飲ませたりしてくれた。口に何か入れることがもう嫌で拒否していたら、「まあ頑張って飲んで」と言われて、何とかして一口飲んだ。

いよいよお産も佳境というときに、突然、初めて来た助産師さんに「マスク、これつけてくださいね」と手元にポンと置かれた。
え、なに!? 息、苦しいじゃん、普通に。今までも付けたり外したりしていて、とくに何も言われていなかったのに。もう呼吸くらいしかできることがないのに。このタイミングで、その言い方で、わたしの前にマスクをポンと置く? あなたはどういった感情でそれを言ってますか?

最大級に呪った瞬間。鬼なのかな、鬼が混じっているなこの中にって思った。今って感染対策は確かに大変だけれど、今わたしは、一人の命を産みだそうとしているんだぞ。テンションの差をすごくその瞬間感じた(はじめさんも、今じゃないだろうって思ったみたいで、きょうこが人を殺す目をしてたって言っていた)。
でも、そこに力を費やす余裕はない。そんなことより赤ちゃんを産むことに集中しよう。黙ってマスクを付けた。
その後すぐにフォローするようにちょっと優しめの助産師さんが「いきむ時は外してもいいですよ」と言ってくれる。なんやねん!どっちやねん!

人が多くなって今までと様子が変わり、急に緊張感が漂う。じゃあもういよいよなのか。今度こそなんだ。ちょっと気持ちが切り開かれた。あとはもう進むだけ。

最後に、出産のボスみたいな助産師さんが来て挨拶してくれた。『わたしが取り上げます』という感じのその人が現れてから、横向きだったわたしの体勢を仰向けに直すことになった。
いろんな人の手によってわたしの身体が90度回転させられ、お腹にタオルが掛かり足にはカバーが掛けられ、今までフラットだったベッドは足が開く形に変わった。あれよあれよという間に、自分の意志とは全然違うところでロボットのように状態が変わっていく。すごく不思議な感覚だった。

はじめさんの声を頼りに、意識をなんとか保つ。「足元の方を見てください」と声をかけられて天井から足元に視線を移すと、ベッドのまわりにいるたくさんの助産師さんたちが目に入った。ああこんなに人がいたんだと唐突に気づく。

ギリギリになって女性のお医者さんが入ってきて内診をすると、第一声「お!素晴らしい」と言われた。
どう考えても今、全開ですよね!と心の中で同意する。頑張って引き出さなくても、もう自然に赤ちゃんが出てきている状態なのだと、体感的にわかった。

素晴らしい、と呟いたお医者さんはすぐに手を添えて、「軽くいきんでください」と言う。
二回くらいいきむと、つるん!という感じで出てきた。

生まれた!やった!やったぞーー!

気づけば、わたしは一人で拍手をしていた。
生まれた瞬間、部屋がぱあっと明るくなって、浮いたように感じた。さっきまでとは別の空間にいるみたいだ。数秒前は痛みと呼吸に集中するしかなかったのに、すべてが喜びに変わった。お医者さんや助産師さんたちも満面の笑みを浮かべている。

ああ、これが出産なのか。

出口の痛みはほとんど感じない。陣痛が長かったからなのか、押し出てくるものを出すという境地に達していた。入院したときに聞いた断末魔のような声を、わたしは結果的に出さずに終わった。

キラキラ

「おめでとうございます、男の子です」

生まれたばかりの赤ちゃんを胸元に連れてきて、顔を見せてもらえる。

そのとき初めて赤ちゃんを意識した。神秘だ、と思った。
すごく小さくて、温かい。まだまだすごく弱そうに見える。あんなに大きかったお腹から出てきたとは思えないくらい小さい。だいじょぶかー? 生きろー! という感じ。お猿さんみたいな状態で、体は濡れていて血も付いている状態だけど、かわいくて、愛おしい。不思議なくらい、愛おしいという気持ちが湧いてくる。

助産師さんがわたしの乳首を軽くつまむと、初めて母乳らしきものがぷくーっと出てきたのが見えて、すごくびっくりした。妊娠中に乳輪マッサージなどを教えてもらってやっていたけれど、出たことは全然なくて、本当に出るのかしらとずっと思っていた。産んだ次の瞬間には分泌されて出てくるなんて。

赤ちゃんもすぐに吸ってくれた。自分で探してぱくっと咥える。力強くて、すごく生命力を感じた。
初めて抱っこしたのに、ぴたっと吸いつくようにハマる感覚が不思議だった。わたしとこの子の、密着感。しっくり感。へその緒が切られてもまだ繋がっているかのようだ。完全にわたしに身をゆだねて、生きようとしている。

カンガルーケアで愛しさに浸りながら横を向くと、はじめさんと目が合った。
ああ、なんだか久しぶりだ。さっきからいたけれど、初めて見た。

はじめさんも赤ちゃんを抱っこさせてもらえて、本当に嬉しそうだった。嬉しさが全面に出たくしゃくしゃの笑顔。
男性は生まれたばかりの赤ちゃんを母親ほどかわいいと思えないという話を聞いたことがあるけれど、全然そんな様子はなかった。わたしと同じようにかわいいと思って抱っこしているのがひしひしと伝わってくるし、わたしよりも先にチューとかしてる。
途中で一度帰らなきゃいけなかったけど、ずっと一緒にお産を乗り越えた感覚だった。いっしょに乗り切って、やっと会えたね。はじめさんの満ち足りた表情を見て、あぁ産んだんだな、と実感した。

想像でしかなかった「子どもを産む」とか「自分の体から生まれてきた子を胸に抱く」ということが、一気に現実になって感激していた。まだ半分受け止められない。ちょっと夢の中にいるような感覚だった。
もちろんすごく幸せだし、嬉しいってことが一番だけれど、なにより今この瞬間はあまりにもキラキラしている。生まれてきたこの子も、我が子を抱いてるはじめさんの姿も、みんなが祝福してくれる雰囲気も、キラキラと輝いている。

産んでしまえばわたしも元気で、興奮していたのもあり、写真をたくさん撮った。出産直後の写真は、そのあと見たことのないような笑顔だった。

「本当によく頑張ったね」
はじめさんが何度も言ってくれる。本当によく頑張った。偉かった。強かったね。まっすぐにわたしのことを褒めてくれるはじめさんの言葉たち。
時間もかかったし、弱音をたくさん吐いてしまった。まわりのサポートがなくちゃここまでこれなくて、自信を失いかけていた。でも、頑張ったのかもしれない、わたし。頑張ってよかった。

すべてが終わると、お世話になった人たちに心から感謝の気持ちが込み上げてきて、産後の処置を受けているあいだ「ありがとうございます」を何度も言った。今まで散々わがままを言って、いろいろな人を呪っておいて。
生まれたと聞いて、千葉さんも駆けつけてくれた。千葉さんも、我が子を取り上げてくれたお医者さんも、産後に胎盤を出してきれいにしてくれる方もいい方ばかりで、ここぞとばかりに感謝申し上げた。

「安産だったね」
と、締めくくられたのはちょっと笑える話。
病棟まで一緒に来てくれた助産師さんに、「まあ時間はかかったけれど、母子ともに健康で生まれてきて、安産だったね」と言われて驚いた。
「そうですかねー」と流したけれど、安産ではないだろ!と内心ツッコミを入れずにはいられなかった。
想像していたよりもずっとずっと大変だった。38時間もかかって、促進剤を2回打って生まれてくるなんて、思っていなかった。確かにわたしも赤ちゃんも元気で生まれてきたけれど、ここまでの長い道のりを思うと「安らかなお産」と締めくくられるのはどうも受け入れがたい。

出産を振り返ると、はじめさんと下北沢を散歩したあの日がはるか前の出来事のように感じた。
コロナ禍で両親学級にも参加できず、何も知らないままお産を迎えたので不安もいろいろあった。でも、これだけ長いお産を乗り越えて、この子は生まれてきてくれた。

いま腕の中にあるのは、あのときは想像もしていなかったほど、愛しい存在。

とにかく何でもいいから、元気で生きてほしい。
我が子に対する願いはそれだけだった。

これからこの子が大きく成長してゆくにつれて、頭がよくなったらとかスポーツができたらとか、いろいろ要求してしまうのかもしれない。
でも、今は、少なくとも今は、生まれてきてくれて、今日元気に生きてくれて、明日も元気に生きてくれる。それだけでいい。この子のためにそれを願うのが、親の役目なんだ。

すやすやと眠る我が子を見つめる。
この瞬間の愛おしさに、胸がじんわり温かくなった。



この文章は、インタビューの内容をもとに執筆しています。